Text 2 Jan 三酔人経綸問答(要旨)

http://kadoo.tea-nifty.com/home/2004/03/post.html

ここから勝手に転載しちゃいました。

中江兆民「三酔人経綸問答」(1887)

明治の世に著され、平成のいまなお清新さを失わない思想・経世の書。本書は酔っ払いの鼎談というスタイルをとりながら、実にシャープにかつ生き生きと国策を論じています。まずは、登場人物3人のプロフィールから。
・南海先生:生まれつきの酒好き、政治を論ずるのが大好き。
・洋学紳士:上から下まで西洋スタイルで固めた、言語明晰・理論好き。
・豪傑君  :屈強で快活な見た目の通り、冒険好きでアグレッシブ。
ストーリーは洋学紳士と豪傑君が理論的に対立し、南海先生はそれぞれの意見を尊重し、コメントを付加して進んでいきます。では、洋学紳士(以下、紳士君)と豪傑君のそれぞれの主張、次いで南海先生のまとめまで、見ていくことにしましょう。

●紳士君の主張
・人間社会や文明は「進化」という理屈で成り立っている。政治で言えば、無制度の時代からスタートして君主専制、立憲制度(=当時の英独露の状況)を経て、最終的には民主制度(=当時の米仏の状況)へと昇華されるものだと。
・「進化」の理法に従えば、すべての国家は民主化を目指し、また野蛮な侵略行為を止めて平和を追求するはずだ。ところが多くの大国は実際には兵隊や軍備を 整えて、互いに危険な均衡状態を取ってしまっている。そして計画的に遠くの植民地を獲得し、それを経済・政治政策に反映させている。この段階でいまさら弱 小国日本が参入する余地などあるのか?日本はいち早く自発的に軍備を撤廃して、他の強国の理性に訴えて生き残りを図り、国家・文明の繁栄に力を注ぐ(=世 界で最も先進的な「道徳の実験室」となる)べきではないか?
・もしも軍備の撤廃に付けいれられて、他国から攻められた場合でも、非暴力を貫きつつきちんと理を以って説明するべきであって、相手の悪事に対してこちらも悪事(=戦争)で返すのは低レベルなことである。

●豪傑君の主張
・動物の世界を見てもわかるように、戦争は人間の本性の避けられない事実として存在する。争いは個人の怒り、戦争は国家の怒りであり、野蛮な人民は絶え間 なく争う。また、戦争を行なえるだけの軍備があることは、各国の文明の成果の統計表である。実際、事実認識として、強国は軍拡競争を繰り返している。
・この状況下で弱小国(=日本)がどうしたら成長・拡大できるか?その答えは近隣の大きな国(=中国)に攻め入って、富を得る(収奪する)ことである。そ の富で以って、文明を買い取ればいい。中国は肥沃な土地があるにもかかわらず、軍備は弱小である。日本国内に多数存在する明治体制への不満分子(=旧武士 階級)を集めて、中国に攻め込めば、新しい大国は得られるし、国内から不満分子も排斥できて、一石二鳥ではないか。
・実際、いまの国内を見ると、「新しもの好きの元素」と「昔なつかしの元素」の二つがあって互いに相容れない状況にある。この二つの元素は年齢差や地域差 が原因で生じ、政界や官界、民間のあらゆる場面で党派を互いに作って勝利を争っている。昔なつかしの元素は改革事業のガンだから、除去すべき方法(=対外 侵略)を考えるべき。

●南海先生の主張
・紳士君の説はヨーロッパの学者が文字や言葉で発表はしているが、思想上の瑞雲であり、世の中ではまだ実現されていない理論である。一方、豪傑君の説は昔の優れた為政者が数百年に一度行なえた偉業であって、今日ではもはや実行し得ない手法であろう。
・また、進化は必ずしも直線コースで一足飛びに行けるものではなくて、順序があり、蛇行しながら進むものである。自国民の意向と知的水準に合わない民主制度をいきなり採用しても、かえって騒乱のもとになるのではないか?
・民権にしても、「回復の民権(=下から進んで勝ち取ったもの)」と、「恩賜の民権(=上から恵み与えられるもの)」の二通りがある。前者は英仏で起こっ た革命が好例で、分量を自由に決めることができる。後者は自分で勝手に分量を決めることはできない。リスクを冒して回復の民権を獲得する(フランス革命な どの例)よりも、政府の側で人民の意図を汲み取り、恩賜の民権でも分量を徐々に拡大するほうが良いのではないか?
・紳士君の民主主義、豪傑君の侵略主義はいずれも、ヨーロッパの形勢への誤認(考えすごし)であろう。なぜならば、国家とは多くの意欲の集合した構造であ り、方向を決め運動を起こそうにも、一個人とは違って極めて煩雑な手続きを踏むことになるからである。大国ならばなおさら、簡単には意思決定はできない し、他国との勢力均衡や国際法という足かせもあるのである。そしてもし万一、大国のエゴで自国が危機に晒されるときには、力の限り抵抗しなければならず、 みすみす殺されるのを待つのはおバカなことである。一方で、無闇に隣国に膨張して恨みを買うのもナンセンスで、むしろ隣国とは友好を深めて平和外交を取る ほうが賢いであろう。
・将来の方針としては、立憲制度を設け、天皇の尊厳のもとで国民は幸福・安寧を保証される。また、上下両院をつくり、民主的な代表選出制度(=衆議院)を 確保する。外交としては平和友好を原則に、国威を傷つけられない限り、高圧的な武力行為に出ない。国内での規制は段階的に緩くし、教育・商工業は段階的に 発展させるということである。

南海先生の主張は極めて常識的だったため、紳士君・豪傑君の二人はがっかりと思ったが、南海先生はいやしくも国家百年の計を論じるときには慎重でか つ奇抜さを謳うべきではないと語った。三人はその後、それっきり顔を合わすことはなく、噂では紳士君は北米に、豪傑君は上海に行ったとも言う。そして南海 先生は相も変わらず、酒ばかり、呑んでいる。


Design crafted by Prashanth Kamalakanthan. Powered by Tumblr.